【プロフィール】 波川海は、『波』、『川』、『海』の3人を意味しています。 「川が大海へそそぎ込んだ時、その川の水は存在が消えてしまうのでしょうか。オーケストラが完全なハーモニーで演奏している時、例えばバイオリンの音は消えてしまうのでしょうか」(シルバーバーチは語る 319頁) お気に入りブログ
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天照大神の御神教をうけて、皇大神宮をご創設されたのが倭姫命でした。すべての飾りを取り払い、何もない、しかしすべてが満ちて、きよき心、あかき心、素の心の伊勢神宮の神の道。私もまたこの道を歩いて行きたいと思います。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 黒心(きたなきこころ)なくして、丹心(あかきこころ)をもちて、清く潔く斎り(ゆまわり)慎み、左の物を右に移さず、右の物を左に移さずして、左を左とし右を右とし、左に帰り右に回る事も、万事違う事なくして、大神に仕え奉る。元(はじめ)を元とし、本を本とする故なり。 ★
「ここが国の中心なり」と、1センチ単位の正確さで国の真ん中に新しい都市を建設し、初代ファラオとなったイクナートン。偶像崇拝を排し、真実と誠実を最重要視し、後にイエスの母マリアも属したエッセネ派となるタット同胞団を育て・・・わずか17年半で偉業を成し遂げた神からの使者。 テル・エル・アマルナの壁画は削り取られ、遺跡はほとんど跡形もなく、この時代のことは無理矢理消され忘れ去ってほしいかのようだった。見渡す限り砂ばかり。緑がひとつもない40℃を越す灼熱の地を、私はイクナートンとネフェルティティを呼びながら歩いた。。。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 帰国してある方から電話をいただいた。留守中のことや今後のことをいろいろ話しているうちに、みるみる息を吹き返すごとくエネルギーが満ちてきた。 最後にイクナートンから・・・ これですべて終わりました ありがとう 元々はネフェルティティに会いたくて行ったのに、知らないうちに私をひとつの役割として使っていただけたことに、よろこびと感謝でいっぱいになった。 ★
![]() (たまたま『日月神示』関係の記事が続きますが、私は『日月神示』をあまり読んでないし霊統も違います。) 先日麻賀多神社に参拝する機会をいただいた ご神殿にて祝詞を奏上した後 舞を舞ってくださいと言われ ひふみ祝詞を唱えつつ 神様の御前で舞うよろこび 境内にある関東一という大杉のところでは 純粋なひもろぎとなるように・・・と 大杉の声は低く響き みどり深い癒しのときだった 同じ境内に天之日津久神社があり ここは岡本天明が啓示をうけたところ ゆっくりしなさいとのお言葉で 私は心の内で何度も ひふみ祝詞をくりかえした ★
「日月神示」は国常立大神の系統よりおろされた神示ですが、すべてが正神界からおろされたものではなく、「真の日月神示」は普通の本の三分の一ぐらいになるそうです。 最初は正しいチャネル先と繋がっていたとしても、いつのまにかネガティブな存在とすりかわっていることもよくあるので、鵜呑みにすることなく常に審神が必要だと思います。
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以前、利他愛と自己愛について議論されたことがありましたが、昨日『ひふみ神示 岡本天明』(コスモ・ビジョン)を読もうと思ってたまたま開いたところに、こういうお示しがありました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 他を愛するは真愛ぞ。己のみ愛するのは自己愛ぞ。自己愛を排してはならん。自己愛をひろげて、大きくして真愛と合致させねばならん。そこに新しき理(みち)ひらけるのであるぞ。自己愛を悪魔ととくは悪魔ぞ。無き悪魔つくり、生み出すでないぞ。一段昇らねば判らん。 秋の巻 第六帖 「霊会話\ (^◇^) /\(*^^*)/の場」(6月6日)の「波川海」についてのメール その①、「波川海」についてのメール その②で私宛に指摘がなされています。
しかし、この指摘をしている方は、私を名指しして批判・論評を展開していますが、自らが誰であるかは明らかにしていません。 また、この人はこの指摘の中で公の場における「責任」についても説いています(下記【Q&A】問3を参照)。 人を名指しして批判・論評し、また、公の場での「責任」を説くからには、自分は誰であるかを公の場で全ての人に分かるように示すという基本的で初歩的な「責任」を果たすべきだと思いますので、この指摘をしている人は自分が誰であるかを公の場で明らかにしていただきたいと思います。 以下の【Q&A】では、この 「霊会話\ (^◇^) /\(*^^*)/の場」(6月6日)の指摘に対する私の考えを質疑応答形式に適宜まとめてあります。(【Q&A】の問1、問6以外はこの人からの指摘を踏まえたものです) また、スピリチュアリズム関係のいくつかのサイトで、今回の私の一連の主張に関する指摘が出されています。中には私が逐語訳を主張していると誤解しているなどの指摘もあるようですので、これらの指摘に関する私の考えを問1,問6に加えました。 (注:今回の【Q&A】を作成したきっかけは「霊会話\ (^◇^) /\(*^^*)/の場」に掲載された6月6日付けの私宛の投稿ですので、その趣旨がはっきり分かるようにタイトルと冒頭の文章を修文しました。6月10日記) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 問1 (逐語訳について)シルバーバーチは逐語訳でないと学べないとの主張は、翻訳の本質をわきまえない極端な考えだと思います。 答:私はそのような主張をしていません。 私が4月29日と5月5日、7日に行った検証が、個別の単語を取り上げて検証したために「逐語訳でないと学べない」というような考えを持たれたのかもしれませんが、私はそのような考えは全く持っていませんし、また、翻訳検証自体を自己目的化するつもりもありません。 以下は検証に反対する方々の意見の抜粋です。 『翻訳者の「思想」が混入して「歪曲」されている・・・というのがもっぱらの批判対象のようですが、そもそも「翻訳」って、そういうものなんじゃないですか?それはもう仕方のないことでしょ? 』(「ゆうだけダイアリー」 2006年5月16日) 『翻訳とは、その人の体型にあった洋服に補正するようなもの シルバーバーチがイギリスで語ったのシルバーバーチの英語版の原本は、イギリス人の文化や風土、宗教などイギリス人の心に響き理解できる表現で記載したもの 近藤先生はそのシルバーバーチの霊訓、そのイギリス人向けに記載された英語版原本を日本の文化や風土、宗教などをよく理解した近藤先生が日本人に向けて、日本人の心に響き理解できるような表現で翻訳して記載したもの』(「霊会話\ (^◇^) /\(*^^*)/の場」 2006年5月10日) 検証に反対する方々から出されたこれらの意見と同じこと、すなわち、イギリスでの編集者達の考え・価値観に加え、近藤千雄氏の考え・価値観が日本語の翻訳書には入り込んでいることを私は言いたいがために、個別の単語を取り上げて検証をしたのです(注1)。したがって、このような認識が共有されるのであれば、これ以上個別の単語を取り上げて検証する必要はありません。(注2) なお、今までにも言ってきましたが、このような翻訳上の問題は、ニューエイジなどの翻訳書にも当然ありますし、特に複数の翻訳者による比較ができない場合には更に注意が必要だと思います。 (注1)ただし、私の場合には、近藤氏は意訳を大胆にするタイプの翻訳者であることを強調している面はあります。 (注2)私の場合は、「イギリスでの編集上の問題も含め、翻訳とはこのような様々な問題を内包するものだから、シルバーバーチの近藤氏訳をシルバーバーチの霊訓そのものと考えてはならない」と言いたいために検証したのですが、例えば、日本語訳がどうも腑に落ちないので原書に遡って確かめるために検証したいと考える人もいるかと思います。このような別の目的を持っている方は、その目的に沿った形で検証をすればいいと思います。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 問2 たとえ原語と意味が異なるものが含まれていたとしても、「それが受け入れられる」と思われるならそれを参考にして学べばよいのではないでしょうか。 答:その通りです。近藤訳のシルバーバーチは近藤千雄という方の思想・考えが入り込んでいる(更に言えば、イギリスでの編集者の思想・考えも入り込んでいる)という自覚、健全な懐疑精神を持って読んでいけばいいと思います。このような読み方を通して、私は近藤訳のシルバーバーチから多くを学びました。 (追記)私の場合は、シルバーバーチの言葉により近いと思われる英語原書にも関心がありますので、適宜原書も読むようにしていますが、関心がなければ原書を敢えて読む必要もないと思います。しかし、翻訳書を読む場合は上記のような自覚、健全な懐疑精神を持って読む必要があると思います。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 問3 検証を行うのは自由かもしれませんが、それを公に発表するのは自由かどうかは分かりません。 「検証」は「真実を追究するもの」ですから、検証者には大きな責任があります。 その責任を担えない人には検証を公の場で行う資格はありません。 また、しっかりした根拠のないものであれば「名誉毀損」にも相当することも有り得ます。 答:真実だと思うものを述べることも責任だと思います。 更に言えば、真実を知っているにもかかわらず、(少人数の閉じられた場で真理を語るだけで)多くの人たちのために公開の場で真理を語ろうとしない姿勢は、自己満足であり利己的な姿勢だと思います(注)。さらに、真実を語るときは、自分の氏名(ネット上であればHN)を明かし、また、自分のブログ、サイトを持っているのならば、他の人の場所を使うのではなく、自分のブログ、サイトで語る自覚、責任感も必要だと思います。 冒頭にも書きましたが、この指摘をした人は自らが誰であるかを明記していません。公の場における「責任」についての論評・批判を説くからには、自らが誰であるかを全ての人が分かるように明記することは基本的で初歩的な「責任」であると思いますが、これを果たしていないことは大変残念に思います。 「名誉毀損」という言葉がこのように安易に出てきたのには正直驚きました。「名誉毀損」であるかどうかは、私の検証をじっくり読んで判断して下さい。私はしっかりとした根拠があると思うから公開したものです。また、他のスピリチュアリズム関係のサイトで特定の個人や団体に対する人格攻撃や誹謗などの「名誉毀損」の事例がないかも同時に精査するようお願いします。「名誉毀損」とは人格攻撃や誹謗・中傷を指すのであって、私は断じてそのような行為は行っていません。 (注)霊界からの(真贋がはっきりしない)メッセージと思われるものなど公開に適さない内容はこの限りではありませんが、しかし基本的には多くの人たちのために真理を語る姿勢は、真理を学ぶ者にとって当然のことだと思います。なお、「人間模様:スピリチュアリズムの健全な発展のために」(5月11日)のタイプ3(無菌室タイプ)を参照ください。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 問4 外国語の語学力と翻訳能力が優れている人が指摘されるのでしたら説得力があるのでしょうが、十分な説得力がありません。掛け算の九九を覚え始めた小学生が「フェルマの定理」の検証を行おうとしても不可能だったでしょう。 答:権威のある人の指摘でないと信用できないと言うならば、それに対しては「そうですか。あなたの考えはないのですか。権威だけを信頼するのは危険ですよ」としか答えようがありません。 翻訳は芸術だと仰った方がいました。大変いい例えだと思いますが、ゴッホやモネのような巨匠の描く太陽は描けなくても、「太陽そのもの」、「ゴッホの太陽」、「マネの太陽」を比較、分析することは、努力すれば通常の人でもできるはずです。それを専門家でないとできないとして自分自身の思索を放棄することは真理の学び方とは言えません。 私の書いた一連の検証内容及び「Q&A」は、英語の基礎的な知識がある人であれば十分読みこなせ、判断できるものと思います。 「掛け算の九九を覚え始めた小学生が「フェルマの定理」の検証を行おうとしても不可能」という極端な例えは、自分自身の思索を放棄するための理屈であると思います。 さらに、批判される方にも逐語的に取り上げて論証されている方々がいますが、あなたの考えが仮に正しいのならば、あなたの考えをこれらの人たちにも指摘しなければ公平さを欠くと思います。 なお、この問4とは話が逸れますが、論評・批判をする人の中には、事実関係を調べる際にネット上の情報だけで判断している人がいます。しかし、ネット上の玉石混交の情報だけで判断することは危険であると思います。 ご参考までに、「編集・翻訳書の注意点【Q&A】」の問8をご覧ください。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 問5 川さんの検証では、「誤訳だ」という断定口調になっています。断定すべきものではないと思います。 答:確かに、ご指摘のように当初の検証では断定口調になっています。この断定口調により一部の読者の反発を招き、不安を生じさせたとしたら残念なことですし、申し訳ないと思います。これは、「今回の一連の主張の背景」(5月20日)でも書きましたが、当時の状況により(4月29日前後の状況)、口調がきつくなり断定口調になったのだと思います。 しかし、ご指摘の通り断定だけではいけないと思います。「もう一つの検証(2):私の考え」(5月7日)ではその点に注意を払って書いていますが、「近藤流シルバーバーチ(2)」と(3)(4月29日)では断定口調になっていますので、然るべく「追加文」を加えます。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 問6 シルバーバーチの表現は、全体として非常に古い表現が多用された古文の部類に入ります。であるばらば、古語表現が含まれている英英辞典や古文学原書を何冊も勉強した上でなければ、検証などできるものではありません。 答:今回の件で批判される方々の指摘を見ますと、(全てではないですが)キチンと調べず、あいまいな根拠のまま、周りの雰囲気に左右されるジャーナリスティックな批判が見られます。このご指摘もその一つだと思います。 シルバーバーチが平易な英語で話していることは、英語原書を読めば即座に分かりますし、また、私が「編集・翻訳書の注意点【Q&A】」の問6でも言及しました。(注) 今回のようなテーマに関わらず、真理に関する学びにおいては、このようなあいまいな論拠による議論は避けたいものです。 (注)ただし、交霊会の始めと終わりに行った祈りには古語も含まれています。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 問7 川さんは「波川海の目的」で「今までのネット上のスピリチュアリズム界では、特定の人や団体に対して人格攻撃、非難、罵倒をすることがしばしばあった。このようなことに対しては問題視せず、近藤氏訳の検証に対してだけ非難するのはフェアな姿勢とは言えない。」と主張されていますが、 多くは「批判」であって、「非難」ではないと思います。 答:「他のサイトの過去ログをよく読んでいるのですか?」としかしか申し上げられません。よく読んでいればこのような発言はできないと思います。また、同じく「波川海の目的」で触れているように桑原啓善氏訳を検証することなく貶(けな)したという事実も他のサイトの過去ログを調べれば分かることです。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 問8 近藤千雄氏は神道を研究されるなど他の思想にもオープンです。川さんの「排他的・独善的傾向が強い日本のスピリチュアリズム界」という表現は間違っていると思います。 答:この表現ぶりは5月12日の私の投稿を指していると思われますが、確かにこの時点での表現は舌足らずでした。したがって、5月 20日の「今回の一連の主張の背景」の最後に書いたように、私が波川海に書いた「排他的・独善的傾向が強い日本のスピリチュアリズム界」とは「ネット上の日本のスピリチュアリズム界」の意味です。5月12日の投稿にもこのことを追記として明記します。 (文責:川) ★
吾がたましいの労苦にて 得たる泡沫。 永遠のものとして得らるるものは 「天」のみぞ。 求むるに従いて「吾がもの」となるものは、 「神」のみぞ。
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静けさは行きわたり 地上なるさわぎ争いに 傷つきし吾がたましいの 落ち着かぬ脈搏は いまぞ静けし。 吾れをめぐりて 平和の気は押し迫り、 愛深き聖手は 吾を抱けり、嗚呼、 至聖なる此の静けさ!
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聖杯(きよきさかずき)ー 神の生命の葡萄酒、 吾はそれを呑みほす。 吾は神の生命を吸う。 神は聖杯を 傾けても 傾けても また注ぎ給う。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 吾れは聖杯の気を また更に深く吸い、 聖杯を また更にあぐるー 生命の酒を 吾のめば、 渇きたるわが魂は 生命にて充たされぬ。
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